ローゼンの雑記帳

ローランにして薔薇の末裔にしてソウルメイト!の雑記!

「L」②「L...ある男の手記」(短編)

①は↓

rosenstern.hatenablog.com

 

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L”…"Link"…"Lost"

 

 

 

 

此処に、私の手記を残す。

この手記が、いかなる方法で現世に伝わるのか、そもそも本当に伝わるのかはわからない。

ただ、書かなければならないと感じた。

 

 

 

私は死んだ。大病でも事故でもなく、天寿を全うした。

悲しくはなかった。やり残したこともなかった。幸せに生きた。はずだった。

 

私は死んで、そしてその瞬間にあらゆることを思い出し、あらゆることを知った。

それはあまりにも、衝撃的なものだった。

 

 

私は長く生きた。長く生きることは当然、幸せなことだと思っていた。

私が人生に求めたのは平凡な幸せだった。

 

徴兵を免れ、戦禍を逃れた。妻と出会い、娘に恵まれた。高度成長期の中で働いた。

趣味の俳句では人を指導するまでになった。平凡に生き、そして死んだ。

 

 

私は人生で、たくさんのものを得た。

そしていつのまにか、たくさんのものを、失っていた。

 

 

 

妻は早くに旅立ち、いつからか住み着いていた猫も、死期を悟りどこかへ行った。

私は一人、生きていた。

 

まずそこに、記憶の齟齬があった。私はひとり、あの家で、娘と、妻と猫と過ごしたあの家で、生涯を終えたのだと思っていた。違った。私は数年前から施設に入っていた。

 

もう、あの家はなかった。跡形も、残ってはいなかった。

 

認知症の進んだ私を心配してのことだった。息子が決めたらしかった。

そう、私には息子がいた。そのことを、あろうことかその事実を忘れていた。

施設で過ごしていた私は、何もかもを忘れていた。

息子がいたことも、娘に子供が4人いたことも、その子たちの名前も。

 

 

娘は、年に数回、施設を訪れてくれた。

夫と、時には四女を連れて。

だからその三人のことだけは、定期的に思い出すことができた。

 

それでも。

 

どうして死んだ今になって思い出すのだろう。

なぜ、大切な家族の存在を忘れていた事実を知らなければならなかった。

 

 

こうして忘れてしまうものなら、何故私は求めた。

妻が先立ったことも、時には忘れかけていた。

遺された者の寂しさを忘れ果てた。

そんな私もまた、大切なものを遺してきた。

私は彼らに何をしてやれただろう。

 

すまない。今、思い出したんだ。

 

 

私たちが過ごしたあの家はもうない。

死後に知った事実がどうしてこれほど重いだろう。

息子が、その世話をしてくれたこと。

その息子は、私より一足早くここへ来ていたこと。

娘が、私を気遣ってそのことを知らせなかったこと。

 

それだけたくさんの気を遣わせて、

それだけたくさんのものを失って、

たくさんのものを忘れていた。

 

 

 

私は何故そんなものを求めて生きたのだろう。

 

子供達は巣立ち、妻は先立った。

私はひとり、寂しくない素振りをして生きていた。

そうして、大切な日々が、思い出が、大切なものが、少しずつ欠けていって、零れていって。

 

娘は、会う度に自分のことを忘れかけている父親を見て、何を思っただろう。

孫は、祖父に何を思っただろう。

 

私が、平凡ながらも必死に生きたその結果は、

求めた繋がりの忘却。

 

何も忘れることなく先に逝った妻は、私を見て何を思うだろう。

 

長寿、故の忘却。

長く生きた結果、失ったものは多かった。

 

何故、私は長く生きてしまったのか。

技術の進化故なのか。

 

人生50年であった時代に忘却など存在したのだろうか。

 

高度成長期を生きた私にとって、進化は正義だった。

疑問を持つ余地などなかった。

それが、今。

 

進化とは何か。

進化は果たして、私たち人類に何をもたらしたのか。

 

 

私は。

 

もう、取り戻せない。

 

 

 

 

“生まれても 死んでも一人 つくしんぼ”

              (作:宮内林童)

 

 

Lost

 

 

 

③は↓ 

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