ローゼンの雑記帳

ローランにして薔薇の末裔にしてソウルメイト!の雑記!

「L」④「L…ある少女のお話」(短編)【完結】

③は↓

rosenstern.hatenablog.com

 

 

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"L"..."Life"...

 

 

 

雨の降る夜、少女は唐突に涙を流した。

布団の中で、人知れず。

思い出して、しまったのだ。

過去の過ちを。

 

 

木漏れ日の眩しい朝。

少女は部屋でひとり机に向かった。

恩師に手紙を書くことにしたのだ。

 

 

親愛なる先生へ

お元気ですか。私はそこそこ元気です。高校2年になりました。

本当は将来のこととか、相談したいのですが、今はそれよりも話したいことがあります。

 

先生。8年前のいつか、私をひどく叱ったのを覚えていますか。

 

先生は、それまでのどの先生よりも、生物の面白さを、命の大切さを教えてくれました。

年中、何かしらの生き物をクラスで育てていました。

そんな中、十数匹の小さな虫を無責任に拾ってきた私たちに、

「お世話をしてみなさい」とひとつの虫かごを貸してくれました。

とても、わくわくしたのを覚えています。

私たちは嬉々として虫かごの中に土をいれ、適度な大きさの石と葉っぱを拾ってきて土の上に置きました。土を少しの水で湿らせ、虫たちを中にいれました。

蝶のように変態する種類ではありませんでした。成長を楽しむような生物ではありませんでした。

それでも、当時の私たちにとっては、プラスチックケースの中で小さな何かが動いている、

それだけで面白いものでした。

毎日、水分が不足しないように、少しずつ水を加えていました。それは私の担当でした。

 

拾ってきてから数日後、友達と談笑しながら、その習慣と化した仕事を私は果たしたはずでした。

ほんの少し、間違えたのです。

古い小学校の、なかなか回らない蛇口に、思わず力をいれてしまった、それだけです。

勢いよく流れ出した水に、私は慌てて蛇口を逆方向に捻りました。

たった一瞬の出来事でした。

激しい水流が、水圧が、彼らを襲いました。

手洗い場に土が流れてしまうことを躊躇しつつ、いれすぎた水を出しました。

しかし手遅れでした。

蛇口を捻った私の右手が、十数匹の虫を死なせてしまいました。

 

当然、先生は私を叱りました。しかし、当時の私にとって、それはただの過失でした。

何故そんなに怒られなければならないのか、不満にさえ思っていました。

 

 

その出来事を忘れ、8年が経ち、様々な経験をしました。

母親を亡くした友人、自分にとって大切な人の死、

世界に溢れる争いと、身近な友人の交通事故による死。

生命が失われるということ。奪われてしまうということ。

ひとつの死が与える影響と、今、其処に生きているということ。

 

私の中で様々な葛藤がありました。

事故死した彼はまだ生きたかったはずです。彼には明るい未来があったはずです。

運命はなんて無慈悲なのでしょう。

そうして、私は、私の罪を思い出したのです。

 

あの時私は、たくさんの命を、この手で、奪ってしまった。

まだあの小さな森で生きていたはずの彼らを、無責任にも虫かごに閉じ込め、

そしてその命と未来を奪ってしまった。

なんて、なんて恐ろしいことをしてしまったのでしょう。

 

先生、先生があの時私をひどく叱った理由を、私はやっと理解したのです。

その事の大きさに、私は震えました。

そうしてもうひとつ、思い出したのです。

 

私が卒業する前に違う学校へ行ってしまった先生は知らないかもしれません。

あの小さな森は、小学校の横にあった小さな森は、もうありません。

 

私が卒業した後に、コンクリートで埋められてしまいました。

あの森には、どれだけの生命が在ったのでしょうか。

自身の罪を自覚した今、それを思わずにはいられません。

 

命は、大切なものです。

そして、貴賎はありません。

では何故、あの森はなくなってしまったのですか。

木を倒し、土をコンクリートで埋めたのには、どんな大義名分があったのですか。

先生、だから今、貴方の言葉が響くのです。

失われた命を思うと涙が溢れるのです。

 

彼らの命は、

人間の都合で「仕方ない」と、諦めた苦笑で一蹴されるようなものなのですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこまでを書き終えて、少女はおもむろにペンを置いた。

雨上がりの高い湿度と窓からの日差しで部屋は蒸し暑い。

彼女が、言葉にできない感情をどう表わそうか思案していると、視界を黒い影が横切った。

 

暑さと、不快な羽音、五月蝿く動き回る影に彼女は苛立った。

そして側にあった手頃な箱を掴み、立ち上がる。

何も考えずに箱を持った右手を振り回す。

影を追いかけ、狙って右手を振り下ろした。

動かなくなった影に、安堵する。

 

ふう、と一息ついた彼女は、床の上の蝿をちらと見た。

息を飲む。自らの右手を見、そして机の上の手紙を眺めた。

 

 

外では蝉の声が夏の訪れを告げていた。

 

 

Life

 

 

 

 

<>〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜

 

またのご来館をお待ちしております。それでは。

 

 

 

Fin.

 

 

「L」③エピローグ、そして(短編)

②は↓

rosenstern.hatenablog.com

 

 

 

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〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜

 

さて、いかがでしたでしょうか。

“こんなもの本ではない?”

そうですね。これは彼の手記です。彼の叫びです。文学性はないのかもしれません。

しかし大変大きな問題を孕んでいるのは事実です。

“進化”、”進歩”その意義は果たして何であるのか、

今まで誰も口にすることのなかった疑問を唱えたのです。

 

愛する者を忘れてしまう悲しみとは如何程でしょうか。

 

 

何故、人類は進化を求めるのでしょうか。

これは、私の最大の疑問です。

 

ここ数百年で、文明は飛躍的な進化を遂げました。

文明の発展は、私たちの生活を豊かにしました。

様々なものが電子化され効率化されました。

交通の利便性はあがり、医療技術の発達により寿命は延びました。

しかし、その文明の発展は本当に人々に幸せをもたらしたのでしょうか。

その問いは、

科学技術によって人間が作り出した化学物質による環境破壊故であり、

戦闘機や爆弾による戦争の凄惨さ故です。

技術の発展なしには起こりえなかったことだからです。

これらのことにより私は、発展を批判しているのではありません。

ただもう一つ、発展によってもたらされた負の一面を、彼が得たものを。

それはまさに、“老いによる忘却”です。

私たちは、いずれ老いる。そして少しずつ、記憶を失っていく。

別に誰のせいでもない、自然の摂理です。

しかしそれは、本来そこまで生きることのなかったはずの人間が、

寿命を延ばすことに成功した結果、もたらされたものではないでしょうか。

 

 

何故、人類は進化を求めるのでしょうか。

それは、本能ですか。義務ですか。

その科学技術の発展は、何の為ですか。

身体能力の退化ですか、破壊ですか、支配ですか。

 

気まぐれに此処に訪れた、貴方はきっとその意味を考えるべきだと思うのです。

 

“新しいもの”を求めるということ。

 

確かにそこには空を翔けたいという純粋無垢な夢が、

工事の為に岩を崩すという大義名分が、あったかもしれない。

しかし後に、それらは戦いの道具となった。

 

 

そして、全ての人の幸福とも思われた医療技術の発達は、

彼に大きな哀しみを与えることとなった。

 

何故、現状にとどまることを良しとしないのですか。

何故、進化し続けなければならないのですか。

 

何故、ですか。

豊かさとは、幸せとは何ですか。

進化の理由は。

 

 

 

 

 

 

 

何か、貴方の心に引っかかるものはあったでしょうか。

さて、ここでおまけの話をしたいと思います。

貴方にはまるで関係のない話かもしれませんが、

とても短いので然程お時間は要しません。

 

 

 

L”の大切さを必死に語った少女のお話。

 

正義や倫理観には

必ず、矛盾が内包されている。

 

 

〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜

 

 

 ④は↓

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「L」②「L...ある男の手記」(短編)

①は↓

rosenstern.hatenablog.com

 

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L”…"Link"…"Lost"

 

 

 

 

此処に、私の手記を残す。

この手記が、いかなる方法で現世に伝わるのか、そもそも本当に伝わるのかはわからない。

ただ、書かなければならないと感じた。

 

 

 

私は死んだ。大病でも事故でもなく、天寿を全うした。

悲しくはなかった。やり残したこともなかった。幸せに生きた。はずだった。

 

私は死んで、そしてその瞬間にあらゆることを思い出し、あらゆることを知った。

それはあまりにも、衝撃的なものだった。

 

 

私は長く生きた。長く生きることは当然、幸せなことだと思っていた。

私が人生に求めたのは平凡な幸せだった。

 

徴兵を免れ、戦禍を逃れた。妻と出会い、娘に恵まれた。高度成長期の中で働いた。

趣味の俳句では人を指導するまでになった。平凡に生き、そして死んだ。

 

 

私は人生で、たくさんのものを得た。

そしていつのまにか、たくさんのものを、失っていた。

 

 

 

妻は早くに旅立ち、いつからか住み着いていた猫も、死期を悟りどこかへ行った。

私は一人、生きていた。

 

まずそこに、記憶の齟齬があった。私はひとり、あの家で、娘と、妻と猫と過ごしたあの家で、生涯を終えたのだと思っていた。違った。私は数年前から施設に入っていた。

 

もう、あの家はなかった。跡形も、残ってはいなかった。

 

認知症の進んだ私を心配してのことだった。息子が決めたらしかった。

そう、私には息子がいた。そのことを、あろうことかその事実を忘れていた。

施設で過ごしていた私は、何もかもを忘れていた。

息子がいたことも、娘に子供が4人いたことも、その子たちの名前も。

 

 

娘は、年に数回、施設を訪れてくれた。

夫と、時には四女を連れて。

だからその三人のことだけは、定期的に思い出すことができた。

 

それでも。

 

どうして死んだ今になって思い出すのだろう。

なぜ、大切な家族の存在を忘れていた事実を知らなければならなかった。

 

 

こうして忘れてしまうものなら、何故私は求めた。

妻が先立ったことも、時には忘れかけていた。

遺された者の寂しさを忘れ果てた。

そんな私もまた、大切なものを遺してきた。

私は彼らに何をしてやれただろう。

 

すまない。今、思い出したんだ。

 

 

私たちが過ごしたあの家はもうない。

死後に知った事実がどうしてこれほど重いだろう。

息子が、その世話をしてくれたこと。

その息子は、私より一足早くここへ来ていたこと。

娘が、私を気遣ってそのことを知らせなかったこと。

 

それだけたくさんの気を遣わせて、

それだけたくさんのものを失って、

たくさんのものを忘れていた。

 

 

 

私は何故そんなものを求めて生きたのだろう。

 

子供達は巣立ち、妻は先立った。

私はひとり、寂しくない素振りをして生きていた。

そうして、大切な日々が、思い出が、大切なものが、少しずつ欠けていって、零れていって。

 

娘は、会う度に自分のことを忘れかけている父親を見て、何を思っただろう。

孫は、祖父に何を思っただろう。

 

私が、平凡ながらも必死に生きたその結果は、

求めた繋がりの忘却。

 

何も忘れることなく先に逝った妻は、私を見て何を思うだろう。

 

長寿、故の忘却。

長く生きた結果、失ったものは多かった。

 

何故、私は長く生きてしまったのか。

技術の進化故なのか。

 

人生50年であった時代に忘却など存在したのだろうか。

 

高度成長期を生きた私にとって、進化は正義だった。

疑問を持つ余地などなかった。

それが、今。

 

進化とは何か。

進化は果たして、私たち人類に何をもたらしたのか。

 

 

私は。

 

もう、取り戻せない。

 

 

 

 

“生まれても 死んでも一人 つくしんぼ”

              (作:宮内林童)

 

 

Lost

 

 

 

③は↓ 

rosenstern.hatenablog.com

 

「L」①プロローグ(短編)

 

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〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜

 

ようこそいらっしゃいました。ご来館は初めてでしょうか。

当館は世界中の興味深い本ばかりを集めた、図書館です。

ただ、残念ながら貸し出しは行っておりません。

お気に召した本がありましたらどうぞ、あちらの椅子に座ってお読みください。

興味深い本、それはフィクションでありノンフィクションです。

どの本を開いても、誰かの人生を垣間見ることができるでしょう。

そうですね、某ベルンカステル卿をご存知ですか?

此処では、誰しもがそんな存在になれます。

或いは、某クロニカ様でしょうか。

どちらもご存知なくても構いません。それはさしたる問題ではありません。

さて、何故貴方は来館されたのでしょうか。本を読みたいから?

では何故、人は本を欲するのでしょうか。

ある事実を知る、また物語を垣間見ることによる思考を欲しているのでしょうか。

いや、ただの気まぐれ?

されど、その選択をしたのは他でもない貴方ですね?

その選択により貴方はこれから1冊の本に出会うことができます。

当館とっておきの1冊です。

読み終えた貴方は何を感じ、そしてその”気まぐれ”を後悔するでしょうか、

自分の選択は正しかったとするのでしょうか。

−−−−−−−それは、Moiraのみぞ知る−−−−−−−−−−

 

さて、ギリシャ悲劇をご覧になったことがあるでしょうか。

話の全てを演劇として上演するには、ギリシャ神話は長大なものが多い為、

その一部を切り取って上演されます。

彼も、そうです、次に紹介する本の著者も、悩んだようです。

どこを切り取ろうか、と。どこから書き始めようか、と。

 

さて、“L”を求め、“L”を見つけたある人のお話です。

 

〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜

 

②は↓

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「Ark」19〜22(短編)【完結】

 

前回は↓ 

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Ark19

 

 

「泣かないで」

 

 

最期はせめて笑顔でいてあげようと

泣き顔は嫌いだと言った彼のために

私は光を受けて銀色に輝く

Arkと呼ばれた物》を手に握り

精一杯、笑ったのでした

 

 

彼はおもむろに両手を広げました

 

私は

それを手に握りしめたまま、

ひと月ぶりに彼の胸に飛び込んだのでした

 

 

視界が緋く染まるそんなことはありませんでした

そんな華やかなものではなく

そんな鮮やかなものではなく

そんな美しいものでもなく

 

 

飛び込んだ瞬間、彼は抱きしめてくれました

その腕から次第に力が抜けてゆくのがわかりました

 

彼は私にもたれながら

ただ、ただ

「ごめんね

と繰り返すのでした

 

 

 

Ark20

 

 

僕は久しぶりに彼女を抱き締めた

 

激しい衝撃に必死に耐えて。

 

 

僕は、いつから間違ってしまったのだろう

 

彼女はこんなにも愛してくれていたのに

 

そう、すべては僕のせいだ

だから

 

「ごめんね

 

君をこんな風にしてしまって。

君の手を汚してしまって。

 

本当に、ごめん。

 

 

それでも彼女が僕を愛してくれるというなら

 

“楽園へ帰る”

 

それが最善の方法に思えた。

 

罪を償うなんて綺麗事は言えない。

 

ただ、今度こそは

彼女の側にいてあげようと。

 

“楽園へ帰りましょう”

 

あの言葉はそういう意味だと思うから。

 

 

近くで悲鳴が聞こえる

 

最後まで勝手でごめん

きっともっといい人がいるから

どうか幸せになって

 

僕は

 

 

もう伝えることはできないけれど。

 

 

視界の端に空が映る

 

昼間の空は清々しいほど済んでいて

まるで僕たちを祝福してくれているかのようだった

 

 

Ark21

 

 

「ごめんね

 

その言葉を聞いた途端、私は悟ってしまいました

 

私が間違えてしまったこと

彼は変わらず愛してくれていたこと

 

そう、きっと解決法は他にもあったのです

 

彼が両手を広げた時、

やり直そうと思えばできたのに

私は引き返すことがどうしてもできませんでした

 

 

だから私は

有言実行しようと決めたのです

 

私を受け入れてくれた彼と共に

楽園へ帰ることを。

 

 

私は彼の体をゆっくり横たえて

呆然と立ち尽くしている彼女の方へ向きなおりました

 

手には《Arkと呼ばれたもの》を握ったまま。

 

彼女は、次は自分だと思ったのか

ひどく怯えていました

 

「大丈夫、楽園へ帰るのは私たちだけよ」

 

そう、彼女まで楽園へ来てしまっては意味がないのです

 

力が抜けたのか、彼女は、はた、と地面に座り込みました

 

それを見ると同時に、私は彼の隣にしゃがみました

 

 

「楽園へ帰りましょう」

 

 

ちょうど太陽は一番上へ昇りかけているところでした

Arkと呼ばれたもの》はその光を受け、煌めいていました。

 

 

私はきっと初めから知っていたのです

Arkと呼ばれたもの》が、Ark方舟なんかではないということを

これはどこにでもある、ただの“ナイフ”だということを

 

 

それでも私は

私は彼と共に楽園へ帰るのです

 

 

Arkの反射した銀色の光は

私の背中を押してくれているようでした

 

 

私はArk否、ナイフを――――

 

 

 

Ark22

 

 

あなたは、人が二人、目の前で死ぬという経験をしたことがありますか?

 

そんな、一生に一度もないであろう経験を、私はしたのです。

 

 

私はただ、平凡な毎日を歩んでいただけでした。

ただ、大好きな彼と、街を歩いていただけでした。

 

 

「楽園へ帰りましょう」

 

その言葉の意味するところは結局、私にはわかりませんでした。

 

ただ、それが決して天国などという単純なものでないことは容易に想像できました。

 

 

彼女はきっと私を恨んでいて、私を殺すのだろうと思っていました

 

しかし私は今、生きています。

 

彼女は確かに言ったのです

 

“大丈夫、楽園へ帰るのは私たちだけよ”

 

しかし私には

 

“貴女は連れていってあげない”

 

と言っているように思えました。

 

 

一人取り残された私は、ただ呆然と座り込んでいました。

 

彼らは、誰もが望んでいる永遠を、本当の意味で手にいれたのです。

 

私だって、彼との永遠を望んでいました。

そして目の前にはその問題を解くための解法―ナイフが転がっているのです

 

 

私はそれを拾うことさえできませんでした。

 

自ら命を断つ勇気は、私にはなかったのです。

 

 

私は、彼女の愛が私とは比べ物にならないほど大きいのだと知りました。

 

それと同時に、

彼女が残したもの、つまり私のこれからの生がどれだけ残酷なものかを知りました。

 

それでも私は生きようと決めたのです。

 

彼女と同じくらい

違う誰かを愛する為に。

 

 

願わくは彼らが

楽園で幸せでいることを。

 

 

 

 〜Fin.〜

 

 

原曲はこちら

Ark

Ark

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「Ark」16〜18(短編)

 

前回は↓ 

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Ark16

不意に声がした

それは本当に小さな声だったけど

僕はすぐに“彼女”だと思った

 

振り返るとそこには

案の定、彼女がいた

 

 

 

今にも泣きそうで、

それでも心からの笑顔でいる大切な人が。

 

 

僕もきっとこんな顔をしてるんだろう

 

 

隣にいる彼女が困惑した顔をしている

 

あぁ、そうだ

僕はこの人を大切にしなければならない――

 

きっと今、見知らぬ女が突然現れて自分の恋人と微笑みあっているから困惑しているのだろう―――

 

説明しなきゃ

――どうやって?―――

 

僕は、大切な人の存在を彼女に説明する術をもっていなかった

 

 

 

Ark17

 

 

振り返った彼は少し驚いた後、笑ってくれました

 

 

「楽園へ帰りましょう」

 

もう一度言った私に彼は

泣きながら微笑みました

 

その微笑みは少しも哀しげではなく

心からの笑みでした

 

きっと私も今、こんな顔をしているのでしょう

 

周りの人々は別段私たちに興味も持たず、歩き続けていました

ただ、隣にいる彼女だけが

「この子は誰?何があったの?」

と問い続けていました

 

彼は答えませんでした

 

私はおもむろに《Arkと呼ばれたもの》を取り出しました。

 

驚愕する彼女

目を見開く彼

 

しかし彼は決して逃げようとはしませんでした

 

私にはそれが答えのように思えました

 

 

 

 

Ark18

 

「楽園へ帰りましょう」

 

 

彼女はまたそう言った。

僕は最初、その言葉の意味がわからなかったけど

彼女が鞄から取り出したものを見て、理解した

 

 

 

そして僕は、自分が間違えてしまったことに気付いた

 

走れば簡単に逃げることができただろう

それでも僕はそうしなかった

 

 

これは、自分が招いたことだから

けじめをつけよう

 

そんなつもりで

 

 

彼女の目には涙がたまっていた

僕は精一杯の声で

「泣かないで」

と言った

 

選択を間違えてしまったあの日、

彼女にどうしても言うことができなかった一言を

 

 

 

 

原曲はこちら

Ark

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「Ark」11〜15(短編)

前回は↓

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Ark11

 

気付けば歌声は聞こえなくなっていました

 

あの声の主は神様なんだ

 

私はそう思うことにしました

そしてあれはきっと天使の歌声

 

私に救いをくださったのだ、と

 

 

それでも私には《Arkと呼ばれたもの》の使い方がわかりませんでした

 

これをどう使えば

私は楽園に戻れるのでしょうか?

 

 

私はその事と彼のことだけを考え

ひと月を過ごしました

 

Arkと呼ばれたもの》は相変わらず

キラキラと銀色に煌めいていました

 

 

 

Ark12

 

どうしても、愛することだけは出来なかったんだ

 

 

僕の心にはいつも一番大切な人がいた

 

 

精一杯彼女を大切にした

 

けれども、気付けば僕は

街の雑踏の中に大切な人の影を探していたんだ

 

 

見つかるはずはなかった

彼女に注意される度に

見つからないことに落胆している僕がいた

 

 

そうしてひと月が過ぎた頃

 

僕はついに、雑踏の中に見つけてしまったんだ―――――

 

 

 

Ark13

 

 

いつどのように使うべきかわからなかったので

私は《Arkと呼ばれたもの》をいつも持ち歩いていました

 

 

歩くと言っても目的があるわけではなく

ただふらふらと

まるで幽霊が浮遊しているかのように

私は街を彷徨っていました

 

もしかしたら私は

無意識のうちに彼の姿を探していたのかもしれません

 

 

そして私はついに見つけてしまったのです

 

 

哀しげに微笑んでいる彼と

その隣で楽しそうに笑っている、

見知らぬ女の姿を。

 

 

その瞬間

私はやっと《Arkと呼ばれたもの》の使い方を知りました

 

 

何とも言えない感情が

無限に沸き上がってきました

 

 

私はその感情を抑える術を

知りませんでした

 

 

 

Ark14

 

彼女ははじめ僕に気付いていない風だった

 

街を歩いている姿は見るに堪えなかった

 

おぼつかない足取りでふらふらしている

 

彼女をそんな風にしてしまったのは、僕だ

 

本当はすぐにでも走りよりたかったけれど、それは躊躇われた

 

“僕にはそんな資格などない”

 

またいつも通りの台詞を呟いて

僕は隣にいる彼女の話に耳を傾けた

 

 

一番大切な人が、本当に幸せになれることを祈りながら。

 

 

 

Ark15

 

私は鞄の中にあるArkを握りしめ

ゆっくりと、それでも確実に二人へと近づいていきました

 

何とも言えない感情と同時に溢れてくる

懐かしさと愛しさ

 

こんなにも彼のことが好きだったんだな

 

と、そう思うと自然と苦笑がもれました

笑ったのはいつぶりでしょうか

 

 

それでも二人の後ろ姿が大きくなるにつれ、顔が強張っていくのです

 

 

「楽園へ帰りましょう」

 

本当に、本当に小さな声で呟きました

 

誰もが第三者を気に留めもせず目的に向かっている、そんな雑踏の中

 

隣にいる彼女さえも気付かなかった小さな声を

唯、一人、

彼だけが気付いてくれたのです。

 

 

 

原曲はこちら

Ark

Ark

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