ローゼンの雑記帳

ローランにして薔薇の末裔にしてソウルメイト!の雑記!

「L」④「L…ある少女のお話」(短編)【完結】

③は↓

rosenstern.hatenablog.com

 

 

f:id:rosenstern:20190111001600j:plain

 

"L"..."Life"...

 

 

 

雨の降る夜、少女は唐突に涙を流した。

布団の中で、人知れず。

思い出して、しまったのだ。

過去の過ちを。

 

 

木漏れ日の眩しい朝。

少女は部屋でひとり机に向かった。

恩師に手紙を書くことにしたのだ。

 

 

親愛なる先生へ

お元気ですか。私はそこそこ元気です。高校2年になりました。

本当は将来のこととか、相談したいのですが、今はそれよりも話したいことがあります。

 

先生。8年前のいつか、私をひどく叱ったのを覚えていますか。

 

先生は、それまでのどの先生よりも、生物の面白さを、命の大切さを教えてくれました。

年中、何かしらの生き物をクラスで育てていました。

そんな中、十数匹の小さな虫を無責任に拾ってきた私たちに、

「お世話をしてみなさい」とひとつの虫かごを貸してくれました。

とても、わくわくしたのを覚えています。

私たちは嬉々として虫かごの中に土をいれ、適度な大きさの石と葉っぱを拾ってきて土の上に置きました。土を少しの水で湿らせ、虫たちを中にいれました。

蝶のように変態する種類ではありませんでした。成長を楽しむような生物ではありませんでした。

それでも、当時の私たちにとっては、プラスチックケースの中で小さな何かが動いている、

それだけで面白いものでした。

毎日、水分が不足しないように、少しずつ水を加えていました。それは私の担当でした。

 

拾ってきてから数日後、友達と談笑しながら、その習慣と化した仕事を私は果たしたはずでした。

ほんの少し、間違えたのです。

古い小学校の、なかなか回らない蛇口に、思わず力をいれてしまった、それだけです。

勢いよく流れ出した水に、私は慌てて蛇口を逆方向に捻りました。

たった一瞬の出来事でした。

激しい水流が、水圧が、彼らを襲いました。

手洗い場に土が流れてしまうことを躊躇しつつ、いれすぎた水を出しました。

しかし手遅れでした。

蛇口を捻った私の右手が、十数匹の虫を死なせてしまいました。

 

当然、先生は私を叱りました。しかし、当時の私にとって、それはただの過失でした。

何故そんなに怒られなければならないのか、不満にさえ思っていました。

 

 

その出来事を忘れ、8年が経ち、様々な経験をしました。

母親を亡くした友人、自分にとって大切な人の死、

世界に溢れる争いと、身近な友人の交通事故による死。

生命が失われるということ。奪われてしまうということ。

ひとつの死が与える影響と、今、其処に生きているということ。

 

私の中で様々な葛藤がありました。

事故死した彼はまだ生きたかったはずです。彼には明るい未来があったはずです。

運命はなんて無慈悲なのでしょう。

そうして、私は、私の罪を思い出したのです。

 

あの時私は、たくさんの命を、この手で、奪ってしまった。

まだあの小さな森で生きていたはずの彼らを、無責任にも虫かごに閉じ込め、

そしてその命と未来を奪ってしまった。

なんて、なんて恐ろしいことをしてしまったのでしょう。

 

先生、先生があの時私をひどく叱った理由を、私はやっと理解したのです。

その事の大きさに、私は震えました。

そうしてもうひとつ、思い出したのです。

 

私が卒業する前に違う学校へ行ってしまった先生は知らないかもしれません。

あの小さな森は、小学校の横にあった小さな森は、もうありません。

 

私が卒業した後に、コンクリートで埋められてしまいました。

あの森には、どれだけの生命が在ったのでしょうか。

自身の罪を自覚した今、それを思わずにはいられません。

 

命は、大切なものです。

そして、貴賎はありません。

では何故、あの森はなくなってしまったのですか。

木を倒し、土をコンクリートで埋めたのには、どんな大義名分があったのですか。

先生、だから今、貴方の言葉が響くのです。

失われた命を思うと涙が溢れるのです。

 

彼らの命は、

人間の都合で「仕方ない」と、諦めた苦笑で一蹴されるようなものなのですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこまでを書き終えて、少女はおもむろにペンを置いた。

雨上がりの高い湿度と窓からの日差しで部屋は蒸し暑い。

彼女が、言葉にできない感情をどう表わそうか思案していると、視界を黒い影が横切った。

 

暑さと、不快な羽音、五月蝿く動き回る影に彼女は苛立った。

そして側にあった手頃な箱を掴み、立ち上がる。

何も考えずに箱を持った右手を振り回す。

影を追いかけ、狙って右手を振り下ろした。

動かなくなった影に、安堵する。

 

ふう、と一息ついた彼女は、床の上の蝿をちらと見た。

息を飲む。自らの右手を見、そして机の上の手紙を眺めた。

 

 

外では蝉の声が夏の訪れを告げていた。

 

 

Life

 

 

 

 

<>〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜

 

またのご来館をお待ちしております。それでは。

 

 

 

Fin.